展覧会の
みどころ

  • 鑑真和上坐像を45年ぶりに京都公開唐招提寺御影堂修理により実現。
    寺外公開12年ぶり、京都国立博物館では昭和51年(1976)の「日本国宝展」以来
  • 明治までの日本戒律の歴史を一堂に
    カリスマたちが綴ったもうひとつの日本仏教史
第1章

戒律のふるさと

─南山大師道宣に至るみちすじ─

律とは僧侶の集団⽣活を⾏う上で⽣じた問題点を弟⼦が釈迦に聞いたものが、各部派で整理されていったものです。仏教が中国に伝わった際にも、律は僧侶のあるべき姿を⽰すものとして重視されましたが、中国の僧にとってインドの⾵俗は⽂献だけでは理解できないことが多々あり、戒律研究のためにインドに渡る僧侶を輩出しました。こうした中国の律学研究を集⼤成したのが、南⼭⼤師道宣(596〜667)です。道宣の系譜は南⼭律宗と⾔われ、中国の主流として⻑く続きました。

三国祖師影
三国祖師影(部分)
平安時代 久安6年(1150)京都・⼤⾕⼤学博物館 【後期展⽰】
平安時代の⾼僧列影としては最美の⼀巻。線描と唇などにわずかに差された朱が⽣命感をもたらしています。道宣や聖徳太⼦など伝説的な⼈物の⾵貌をうかがえる基本史料。
第2章

鑑真和上来日

─鑑真の生涯と唐招提寺の創建─

鑑真(688〜763)は唐の揚州(江蘇省)の⽣まれ、律は道宣の系譜を継いでいます。揚州・⼤明寺の住職を務めていた時に(天宝元年/天平14年〈742〉)、聖武天皇の意を受けた⽇本僧、栄叡(ようえい)、普照(ふしょう)から戒律を⽇本へ伝えるよう懇請されました。鑑真は地位を擲ち⽇本への渡海を試みますが、五回にわたり挫折し、六度⽬にして漸く⽇本の地を踏みました。時に天平勝宝5年(753)のことで、その厳しい⾏旅により既に失明していたことはよく知られています。朝野の歓迎を受け、東⼤寺に戒壇を整備した後、唐招提寺を賜り、後進の指導にあたりました。本章では国宝「鑑真和上坐像」を中⼼に、鑑真の⾜跡を⽬でたどります。

鑑真和上坐像
国宝鑑真和上坐像
奈良時代(8世紀) 奈良・唐招提寺 撮影:金井杜道【通期展⽰】
天平彫刻の魅⼒はすぐれた写実表現と⾔われますが、本像の写実は群を抜いています。細かいあごひげの表現など⽣けるがごとき⾵貌を⽰し、当時の⼈も驚いたことでしょう。中国での祖師信仰をそのまま継承した尊像です。
東征伝絵巻 蓮行筆
重要文化財東征伝絵巻 蓮行筆(部分)
鎌倉時代 永仁6年(1298)奈良・唐招提寺 撮影:金井杜道
【通期展⽰(巻替あり<この場⾯は前期展⽰>)】
鑑真の⽣涯はドラマそのもので、没後ほどなく伝記が編纂されました。本図はそれをもとに鎌倉時代後期に忍性によって制作されました。中国と⽇本が⾵景できちんと描き分けられています。
⾦銅舎利容器(⾦⻲舎利塔)
国宝⾦銅舎利容器(⾦⻲舎利塔)
平安〜鎌倉時代(12〜13世紀)奈良・唐招提寺 撮影:金井杜道【通期展⽰】
鑑真がもたらした仏舎利を奉安するために制作されたのがこの豪華な舎利塔です。釈迦へと原点回帰を⽬指す律僧にとって舎利は釈迦信仰のよりどころとなり、たくさんの舎利塔が作られました。
伝獅⼦吼菩薩⽴像
国宝伝獅⼦吼菩薩⽴像
奈良時代(8世紀) 奈良・唐招提寺 撮影:金井杜道【通期展⽰】
令和元年(2019)に国宝に指定されたばかりの、唐招提寺講堂にかつて安置されていた⽊彫像の⼀体です。⽇本離れした造形感覚から、鑑真と共に唐から同⾏した⼯匠が制作したという説もありますが、思わず納得しそうになる迫⼒があります。
第3章

⽇本における戒律思想の転換点

─最澄と空海─

仏教が⺠衆救済に向き合うようになると、戒律に対する姿勢も変化します。その最初が、天台宗の最澄(767、⼀説766〜822)です。最澄は釈迦から隔たった⽇本では戒律をそのまま守り得ないと考え、皆が守れるような最低限の規範としての⼤乗戒に注⽬し、南都と異なる⽴場を取るに⾄りました。この思想は⼤きな転換点となり、浄⼟宗の法然(1133〜1212)や浄⼟真宗の親鸞(1173〜1263)、⽇蓮法華宗の⽇蓮(1222〜1282)に継承されています。
また、空海(774〜835)が唐から伝えた密教は、従来の戒律を重んじたほか、三昧耶戒と呼ばれる特有の戒が存在しました。また、密教の本場主義は、戒律運動が釈迦への原点回帰を⽬指した際の道しるべとなりました。

弘法大師(空海)坐像
重要文化財弘法大師(空海)坐像
鎌倉時代 13~14世紀 奈良・元興寺 【通期展⽰】
鎌倉時代後期を代表する弘法⼤師像。弘法⼤師像は、真如法親王様という画像が基準になりますが、よくそれをここまで⽣き⽣きと⽴体化したものです。現代の造形作家も顔⾊ありません。
法然上人絵伝 巻十
国宝法然上⼈絵伝 巻⼗(部分)
鎌倉〜南北朝時代(14世紀) 京都・知恩院 【後期展⽰】
天台宗に学び浄⼟宗を始めた法然は、⽣き⽅の指針として天台宗の菩薩戒を⼤切にし、授戒の師として知られていました。この場⾯は後⿃⽻院への授戒を⾏うところ。
円珍戒牒
国宝円珍戒牒 円珍関係文書のうち(部分)
平安時代 天⻑10年(833) 東京国⽴博物館 【前期展⽰】
戒牒とは正式な受戒を経て僧侶になったことを⽰す証明書です。智証⼤師円珍が唐に留学するときにも⾝分証明書として携⾏したと思われます。古い戒牒の奇跡的な現存例です。
金銅装戒体箱
重要文化財金銅装戒体箱
鎌倉時代 元応2年(1320) ⼤阪・⾦剛寺 撮影:森村欣司【後期展⽰】
密教では⼀⼈前になるとき灌頂という通過儀礼を⾏いますが、それに先⽴ち三昧耶戒という密教特有の戒を師から授けられます。戒体箱はその際に⽤いられたものですが、これは鎌倉時代の貴重な遺品です。
第4章

日本における戒律運動の最盛期

─鎌倉新仏教と社会運動─

鎌倉新仏教と呼ばれる⺠衆に向き合った仏教⾰新運動において、戒律は重要な役割を果たしました。覚盛(1194〜1249)、叡尊(1201〜90)は、唐招提寺、⻄⼤寺をそれぞれ拠点として戒律を復興し、現在の律宗と真⾔律宗の基礎を築きました。また、東⼤寺では戒壇院を中⼼に戒律研究が進み、凝然(1240〜1321)という⼤学者も現れました。彼らは弟⼦にも恵まれ、勧進、すなわち⺠衆の⼒を結集することによって社会福祉事業の実践に⼤きな⼒を発揮し、鎌倉時代を通じて⼤きな影響⼒を持ちました。また、俊芿(1166〜1227)は、中国・南宋に渡って戒律を学び、帰国後、泉涌寺を中⼼に活躍しました。彼らの仏教改⾰にかけた熱い思いを、遺品を通じてご紹介します。

俊芿律師像 自賛
重要文化財俊芿律師像 自賛
鎌倉時代 嘉禄3年(1227) 京都・御寺泉涌寺 【通期展⽰】
俊芿は南宋に渡り戒律を学びました。当時最新の中国仏教⽂化は彼の⼀部でもあり、このように中国の最新の⾼僧像のスタイルで⾃⾝の肖像画を残させました。当時の⼈はびっくりしたと思います。
『南山教義章』巻第二十九
重要文化財『南山教義章』巻第二十九 凝然筆
(『華厳孔目章発悟記』巻第二十一紙背)(部分)
鎌倉時代 正応4年(1291) 京都国⽴博物館 【通期展⽰(巻替あり)】
東⼤寺戒壇院の凝然の⾃撰⾃筆で、道宣の教えを説明したものです。凝然は戒律だけでなく、全宗派の教義に通じた⼤学者で、東⼤寺が仏教総合研究センターとして鎌倉時代、仏教⾰新運動に⽰した⼤きな存在感をしのばせます。
興正菩薩(叡尊)坐像 
国宝興正菩薩(叡尊)坐像 善春作
鎌倉時代 弘安3年(1280) 奈良・⻄⼤寺 撮影:森村欣司【後期展⽰】
平成28年(2016)に国宝になった、叡尊80歳の時に作られた寿像。目の当たりに対面しているような錯覚すら覚える鎌倉肖像彫刻の傑作のひとつです。像内から叡尊ゆかりの品々が発見されており、信仰面でも重要な彫像です。
大悲菩薩(覚盛)坐像
重要文化財大悲菩薩(覚盛)坐像 成慶作
室町時代 応永2年(1395) 奈良・唐招提寺 撮影:金井杜道【通期展⽰】
鎌倉時代に唐招提寺を中興した覚盛の像で、像内の銘⽂から応永2年(1395)の作と知られます。彩⾊は江⼾時代の修理の可能性も指摘されていますが、壊⾊という律の決まりに叶った⾐の⾊で、唐招提寺にふさわしいものです。
第5章

近世における律の復興

近世では再び戒律復興運動が盛んになります。その先鞭をつけたのが、京都・槙尾の西明寺に拠った明忍(1576~1610)です。戒律運動の第二のルネサンスというべく、宗派を超えて多くの逸材が現れましたが、とりわけ慈雲(1718~1805)の名が知られています。
慈雲は梵学(サンスクリット研究)の大家として有名でした。この仏教の根源を問う学究的態度こそ、近世戒律復興運動を特色づけています。彼らは大坂や江戸といった大都市圏にあって、理知的な態度で社会と接し、商工業を生業とする新興の町人層の職業倫理形成に大きく寄与しました。近世戒律思想は、江戸時代仏教でもとりわけ大きな存在感を示しており、明治時代以降の近代仏教革新運動に通じる斬新さを持っています。

慈雲巌上坐禅像
慈雲巌上坐禅像 原在中筆 自賛
江⼾時代 天明3年(1783)賛 ⼤阪・⾼貴寺 【前期展⽰】
慈雲尊者は社会の教化を意識し⼤坂商⼈にも影響を与えた⼤きな存在ですが、反⾯、孤⾼の⼈でもありました。この肖像画は慈雲の厳しい求道的な側⾯をよく⽰しています。肩を覆う⾐の着⽅はインドの律に則り、慈雲が復興したものです。
慈雲巌上坐禅像

特別出展

凝然は東大寺戒壇院や唐招提寺の長老を歴任し、全宗派の教学に通じた大学者で、鎌倉戒律復興運動の背骨にあった学問性を象徴する人物です。現在でもその著『八宗綱要』は仏教史の入門書として研究者必読となっています。肖像画は凝然大徳像(東大寺蔵)しか残っておらず(本展出展)、写真の坐像は、それをモデルに籔内佐斗司氏が遠忌のために委嘱を受けて制作したものです。

凝然国師坐像
凝然国師坐像
唐招提寺蔵 籔内佐斗司作 撮影:若松保広
【籔内佐斗司氏略歴】彫刻家。東京藝術大学大学院教授。文化財の保存・修復にも携わり、確かな技術と経験をもとにさまざまな木彫作品を制作。平城遷都1300年記念事業のマスコット「せんとくん」の作者。

知っておきたい!
展覧会を楽しむキーワード

生活の中の戒律

悪を止めるというのが戒の本質で、殺すな、盗むな、淫蕩にふけるな、嘘つくな、酒飲むな、は在家信者の守るべき戒とされます(五戒)。しかし、意外と守りにくいのが人の常で、昔は月に6回集って犯した罪を反省し誓いを新たにするなどしていました(六斎日)。人が集まるので買い物に便利な市が立ったりするようにもなりました(六斎市)。

授戒と戒名

現在の在家信者は、葬式の時に故人にいただく戒名くらいしか戒律を意識しないでしょう。戒名とは、戒律を守ることを誓い出家した人に授けられ、本来は生前に受けるものです。この戒を授かることを授戒と言います。浄土真宗で行われる、門徒として仏教に帰依することを誓う儀式「おかみそり(帰敬式 ききょうしき)」も、授戒の一種と言えます。

『戒律』と『勧進』

インドでは慈悲に基づく利他の精神が仏教で重んじられており、布施により困った人を助ける社会福祉事業が行われていました。戒律の中にも人々のためになれという規定があります。この精神は日本でも引き継がれ、勧進という募金活動によって資本を集め、病人の世話や交通インフラ整備などの社会福祉事業を積極的に行いました。

鑑賞ガイド

展覧会をより楽しんでいただくための「鑑賞ガイド」です。ぜひご活用ください。

◆多言語版はこちら
Interpretive Guide : All about the Buddhist Precepts and Jianzhen (English)
观赏指南 "佛教戒律与鉴真和上"(简体中文)
전시 감상 가이드 <불교의 계율과 감진 스님>(한국어)